昭和42年05月31日 朝の御理解
「神はわが本体の親ぞ、信心は親に孝行するも同じことぞや」と。お道の信心の、いや、お道の信心でなからなければこういうことが、分からないという、言うならお道の信心の独壇場ともいう、私は御教えだと思うですね。「神はわが本体の親ぞ」と。だから、「信心とは親に孝行するも同じこと」だとこう仰るんです。ここのところが分かって信心がなされなきゃいけません。
よく皆さんが言うことの中にもう何様でも同じと、ね。先日もある大変な難儀な問題で参ってまいりました、親子おばさん3人で、そのおばさんというのが日曜度に必ず参っ大城の金島という所から、月に一週間に一遍ずつ日曜に参って来ます。その人のお導きその方の姉さんにあたる方が、福岡のあちらへこう参ります途中に、あの夜須村というところが御座いますね。夜須という所に姉さんがおられる。
そこんところにいわゆる問題がありましてね、その問題とにかくその問題はあんたどんが一遍解決する前に、合楽にお参りをさして頂いて、合楽の先生の仰ること聞かせてもろうて、それから先の事にしなさいと言うので、もう強引にお導きをして参りましたんです。人間関係でしたそれが段々お話を頂いてみますと、親一人子一人らしいそれでまあ少しばかりお百姓をしておる。それを最近息子さんが嫁さんをもろうておる。
お百姓だから百姓してもらう。小さい百姓ですから主人になります息子さんの方は勤めに出ておる。それでお母さんとその嫁さんとが、百姓をしなければならないのですけれども、その嫁さんが百姓に出てこない。それではもう話が違うからと言うので、それでその仲人さんにも話してもらう、本人にも言うけれども一向自分が初めから百姓する気分はなかったと言う様な事で、まあ様々な問題が起きましてね。
とうとう嫁さん家に帰ってしまったんです。それでその親子のまあ色々な問題が御座いましたですけれども、丁度こちらにお引き寄せを頂きました日に、話をつけにいくというわけなんですね。もう愈々百姓してもらわれんごたるなら、いわゆる別れる離縁するというその話をこちらから、ここのもう帰りに寄って行こうとこう言うのである。そこでまあ強引にその、中島さんて言うんですよ。
田中さんの姉さんを引っ張って来て、そしてその田中さんの甥子さんにあたります、その方が自動車で親子3人連れでやってまいりました。いわゆるその息子さんはもうとにかくあんたどんを送って来たばかりじゃからと言うて、あがらない。そこを表で自動車の中で待っておるわけなんです。ほいでもう色々お話さして頂いてこれは、けれどもあんた達親子がお話頂かなきゃいけない問題だから。
どうでもこうでも息子さんば呼んで来なさいと。それからそのおばさんとそのお母さんと2人で迎えに行ったきり帰って来ませんもん、30分経っても帰って来ません。どうした帰ったじゃろうかと思いよりましたら、もうやっとかっとそこからしぶしぶ、その息子さんを連れて参りました。立派な青年でした。その人が私が言う事を全然その、まあ信心のしの字も大体ないのですから、聞こうともしない。
ただ強引にもうとにかく上れと言うたから上って来たと言う様なふうで、まあここで3人連れでお話を頂いとりました。けれどもね今日は話をつけげ行くと言う事だけはやめなさい。私は今日境にお繰り合わせをお願いさして貰えと願っとくから、何とか先方から話があるまで待ちなさいと言うておりました。それでその田中さんが親子の方を見て、やっぱりここに来てよかったろうがと。
今日行っとりゃもう本当にどう言う事になっとるか分からん。けどもまあ先方から言うてくる時期を待てと、向こうではまあ早合点をしたわけですね。ははぁもう向こうからこっちから縁を切ると言うとまあお金を、お金やらうんと出さんならん。もう向うからもう帰って来んと言う事なら、もう幾らかでも軽くて済むから、もう神様はそう言う所にその願いがあったっじゃろうと言うて、まあそういうふうに思ったんでしょうね。
とうとう行かんなりに家に帰った。それから2、3日しましたらまたその青年が今度、一人でやって参りました。そしたらそのやっぱり向こうの方から見えましてね、もうその、家の娘はそげなふうには帰しはしきらんと。と言うのでその言うて参りましたから、ははぁやっぱりこちらから言うのと、向こうから言うのとは、受け身とこちらが受け身でその事を受けられるのだからと言うわけなんです。
所がその実を言うと本人達はまだ相当、未練があるらしいんです。あちらがお百姓せんでよかならばと言う様な気持ちも、まあ向こうにはあるらしいんですね、娘さんあの嫁さんの方には。所がその先方が創価学会だそうです。それでそのまあ色々問題があったんですけれども、二度目にお参りをした時に、向こうから返しきらんと言うて来たからこれでもう愈々、まあ縁を切ると言う事になるのだろうかと言う事なんです。
そん時に私が頂きましたのが所謂子供ん時に、よく聞きました話の中にコンペイトウの壷というのがある。コンペイトウの入った壷が手をつっこんでですね、コンペイトウをいっぱいこう掴んでから出そうとするから、手が抜けないんだとこう。引き出せないのだと。少しずつ出しゃあ、なんぼでも出せるのに、一遍に出そうとするからいけんのだというわけなんですよ。
そこであのその息子さんがその事を、もう分かったんですね。嫁さんを一遍に自分が百姓に連れ出そうとした事が、こういう事に成ったんだから少しずつ出しゃあ出せれるんだと。無駄はおおいにあるようなもんですから、それでその御理解を頂いてから、こうして合楽の金光様にお参りさして頂いたら、こういう御理解を頂いたという話をしたらしいんです。そしたらその先方の方でですね。
いわゆるお父さんが創価学会なもんですから、もう金光様の悪口を皆さんに言うてですね、とにかく娘さんはまあ呼び来たと思うてから、呼び来てもう色々まあ言い訳をしよんなさった。けれどももう一遍にね、しきらん百姓をしようと言う事はもう言わんから、少しずつでも覚えるという気があるなら、私はまた返事を聞きに来て迎えに来るからと言った様な事で、帰って来たと言う事を、昨日一昨日また報告に参りました。
そん時にです自分がそのお父さんに言うたという話、ね。私はあのう初めてその、もう神様てんなんて拝んだ事もなかったけれども、確かに一心を立てれば神様がござるという事が分かったと。丁度二度目に参りました時には、私がもうどうしても昼ここを立たなければならない用があった一時間ばかり。その間にお参りがあっておったんです。所が私がその取次ぎを私がする時ここに末永さんが座っておりましたもんですからね。
とにかくその自分の心の中にはね、もう一心にその衝立の横で座っておってから、中島さんこちらへ来て下さいと言うけども動かん。もう自分の心がすっきりするまではそのもう動かん。いうわけでその一生懸命いわゆる御祈念と言う訳じゃないけれども、この瞑目してから座ってるわけなんです。で私が座りましたら暫くしてこうやってまいりました。そして今度はお話をだんだん頂く気持になっておりましたから。
色々お話さして頂いた時に、申しますのにですね、その家内のお父さんというのが創価学会で、色々創価学会の話を聞かして頂いた時に言うたというのが、ね。もう私は初めて合楽という金光様にお参りさして頂いたが、とにかく人の心を救うと人の心を助けると。そういう雰囲気がね、合楽の所謂お広前ですよね、お広前とは言わんけれども、合楽の教会にはもうみなぎっとったと。
私一番初めとにかくその、おばさんと母親に、強引にここに引っ張りこまれてから、話聞いておる間は、誰が聞くか誰が参るかと、けれどもその話を聞きよるとです、なるほど今日、縁切りに行こうと思いよったけれども、今日は縁切りに行くよりか、向こうから言うてきちゃるとを待てと言われることを聞いて、もうそれはもう成程だと思うて待っとったところがです、ね、
やはり自分の心にもそうした、そのうまだ十分に未練があるもんだから、その事を又ここにお伺いに来た時に、ご理解を頂かしてもろうてその時に感じた事なんです。それをもう初めからやっぱ感じとったんでしょうね。とにかく何とはなしにもうその人の心が助かられるという雰囲気があったと言う事。そこで私が思うたのにはですね、その人が言うのに、とにかく橋の下のビキへ一生懸命に拝みゃあ、おかげになるちゅうことを思うたとこう言うんです、ね。
それで、創価学会の仏様はどげな仏様か知らんけれども、私は初めて縁を頂いて参った、いわゆる合楽の金光様という所はです、もうとにかく私共があそこに行っただけで、自分の子が助かられるというか、救われるという、何とはなしにそういう雰囲気があると。だからあそこで拝みよったら、私は一時間ばかりそこでその、いわゆる御祈念をしておったというわけなんですよね。
そしたら自分の心の中にその、助かられるなあと言う様なものを感じたから、必ず創価学会でなからなくても助かられる、金光様でも助かられる。とにかく私は橋の下のビキでも一心になってから拝みゃいいんだというふうにです、思うたと言う事をまあ言うんですよ。それでそういう場合に、私そうだもんねと、とは申します。ここに参ってくる人がそういう意味合いの事をよく言うんです、ね。
向こう側から登っても、こちら側から登っても、とにかく仰ぐ月はひとつだとこういうわけなんです。ただ登り道が違うだけなんだ。神様でも仏様でももう大体、教えなさることは同じ様な事、ね。橋の下のビキでちゃあ、一心を立てて拝みゃあおかげになる。そこん所を成程教祖も一心を立てれば、わが心に神がござるからおかげになるのじゃと仰る。ここまでは同じなんです。
一番、三回目にやって参りました時には、私はもうここをさがっとりましたから、そこでしたらもうゆっくりこうお話を、丁度敬親会の日でした。だんだんここにこうやって来らして頂いておりますとですね、自分の心のこの故郷に帰った様な気持ちがすると言う事を申しました。自分の心の故郷に帰ったような気持ち。初めて来てからこんなに、お茶をよばれたりここにこう何か知らんけども。
他のことまでこう聞いて貰いたいと言った様な気がする。と言う様な意味の事を申しておりましたがですね、私はもう金光様の信心の違いはそのへんだとこう思うのですね。神はわが本体の親ぞ、信心は親に孝行するも同じ事ぞやと。私共と神様とのいわゆる続柄というか、関係というものがです、ね、ただ拝みさえすればおかげになるという、なるほどそれも理屈はあるのだと。
橋の下のビキでも一心を立てればおかげになるのだけれども、そうしておかげを頂くのでなくて、どこまでも親と子との繋がりが密接になっていくに従ってです、交流してくるものは、有り難いというのは、そこが違う。「神はわが本体の親ぞ、信心は親に孝行するも同じことぞや」、ね。例えばその青年じゃないですけれども、だんだん、合楽に通うてくるうちにです、ね、
本当にやはりここに、親様がござる所じゃと言った様な実感が、濃くなって来るのじゃないだろうかとこう思う、ね。そしてその親との交流というものがです、だんだん深く交わされるようになる所から、ね、お道の信心によって助かって来るおかげが受けられるとこう思う、ね。何様でも拝みさえすりゃよい、おかげさえ頂きゃよいというのではない。金光様のご信心の違いはそこらへんなんです。
そのおかげというのがです、一心に頼めばおかげは和賀心にあると仰る、その和らぎ賀ぶ心をもってしなければ、その親との交流と言うが、なら交わされんのです。そこでお互いが有り難いというものを、追求して行くと言う訳なんです。だからねその有り難いというものを追求していくと言う事は、いよいよ親との続柄というものを理屈をぬきにして、こう深いものにしていくわけであり。
なるほど親様だなあというおかげを受けて来られる、ね。難しい事も何もない。ただ親と子との間に交流するそれとも同じこと。昨夜の御理解に「信心は家庭に不和のなきがもとなり」という御理解を頂いております。「信心は家庭に不和のなきがもと」と。一家中、例えば信心さして頂きよっても、ね、例えばぶっすりがっすり、家の中で言うと言った様な事はなくてもです。
「家庭に不和のなきがもと」というのはそんなもんじゃない。親と子の仲に、夫婦の仲に、ね、いつも絶えず交流するもの、いつもお話し合いができれる雰囲気と。というものがなからなければならないということをですね、例えて言うならば、お酒を飲む人がですね、2合なら2号飲みゃあ酔う人がです、3合飲んでも4合飲んでも酔わないという時がある。心の中に心配があるから。
心に警戒をしたり、心に不安があったり、という時には飲んでも酔わないです。けれども2合飲まなければ酔わない人でもです、ね、気分が良か時にはもう1合でも酔うのです。家庭に不和のないということはです、そういうことなんです、ね。信心が有り難うならせて頂くということですから、有り難うならせて頂こうと思うても、不安が心配が、またはその親子の仲に交流するものも何もない。
夫婦の仲に交流するものがないような、家庭の雰囲気であってはです、家庭に不和のあるのも同じこと。家庭の中に不和のないのがもとというのはです、もう不和があっては、有り難い、いくら信心しても信心しても有り難くなれないということ。家の主人がまあちっとあげんあってくれるとよいけれど、家内があげんあるとまあだ良かばってん、子供がいっちょん言うことを聞かん、家のおやじは分からん。
そう言う様なものが交流しておってです、せずしておいて例え一家中の5人なら5人の者が信心しておってもです、ばらばらではおかげにならんです。昨日その例としてテレビをひとつ見るでもです、息子が野球を見ると言う、ご主人はお芝居を見ると言う、そう言う様な事では決して有り難くなれないということ、ね。お互いが本当に心から譲り合えれるもの、ね、一人が野球を見ると言うたら皆が野球を見る。
その楽しさというものが一家中で楽しめれるようにならにゃいけんて。主人の亭主の好きな赤えぼし、ね。例えば中心の人がお芝居が好きならね、皆もお芝居が好きになろうと精進し、努力する気持ちがなからにゃいかんです。趣味が違うから、というようなこっちゃつまらんということ、ね。それではね、例えば一家中の者が全部信心しておってもばらばらと同じことなんです。
生き方が違うと言うたらもうそれきりなんです。そう言う所に引っ掛りが出来る、そこに有り難くなるものも有り難くなれない。飲んでも酔わないお酒のようなものだということを頂いたんですけれどもね。お互いが家庭に不和のなきがもととこう仰る、家庭に不和のないがもとである、ね。何のわだかまりもない、ね、家庭というものがまず大事。そういうことをです、私共と神様との間にも同じことである。
いよいよ親子が仲良うしていくという信心。いわゆる「神と仲良うする信心ぞ」とこう仰る、それなんだ。神様と私共との間にこだわりも何もない、ね。そういう私はおかげを頂かなければ、例えば御教えに、「神はわが本体の親ぞ、信心は親に孝行するも同じことぞ」ということを頂いても、いわゆるこの先は金光様のご信心の、言うなら独壇場と思われるような教えを頂いても、それが実感としてです。
なるほど親様だなあと、いうものがわいてこない。親様だなあと思うから、親と子の交流と、同じようなものが、神様と私共との間に交流してくる、ね。いわゆる私共が、天地との繋がりというものがです、だんだん、密になっていくというところに、いつも天地がバックだ、いつも親がついておってくれるんだと。そこに本当の、生まれてくる安心というものがおかげなのだ。
只一心に拝んでおかげを受けるならそれはその青年じゃないけれども、橋の下のビキでもいいのである。言うなら何様でもよいのである。けれどもこの何様ではいけんどうでも金光様でなからにゃいけん、金光様のお取次ぎを頂いて天地との交流をいわゆる教祖の神様が天地との間に、そうした関係のある事を分かられ神様との間に生まれて来た所の交流というものがです。私共に話をして残しておって下さる信心話なのである。
その信心、教祖の神様が残しておって下さる信心話を頂かせてもらうとです、どの御教えを頂いても、なるほど親じゃな、子じゃなという、御教えにつきるのです。親孝行なら、子供が親に仕えるこの気持ちで神様に接すれば、なるほど親神様だなあというおかげを送って下さる神様なんだ。いろんな理屈を覚えることはいらん。そこんところを分からして頂いてからの理屈である。決して登り口は違うけれども。頂上に登って見る月はどっから登ってみてもやっぱり同じだと。
言う様なものではない金光様のご信心は、ね。本当に天地の親神様と私共との間の交流というものを愈々深く感じさして頂く信心。それには私共がまず何と言うても、有り難くならなければならん。有り難くなるためには私共の家庭の中に何のわだかまりもない、お互いを思い合えれる、拝み合うていけれる雰囲気というものがまず家庭に必要であるということ。だからそういう精進をまずさして頂くところからです。
愈々少しばかりのお神酒にでも酔えるような、ね、例えばお広前におひき寄せを頂いただけでも有り難く慣れれる様な心の状態が開けてくる。そこから生まれて来る所のおかげ、それは親が子に与えるようなもの、ね。親が子に与える様なおかげ。そして愈々成程、親様だなあ親神様だなあという実感のこもった日々を過ごさして頂くという所にお道の信心の、言うなら独壇場があるとこう思うですね。
どうぞ。